カテゴリー
礼拝メッセージ

「ファラオの夢を解く」
創世記41章

渡邊義明牧師 

ある夜、ファラオは夢を見ました。ナイル川のほとりに立っていると、突然つややかな、よく肥えた7頭の雌牛が川から上がってきて草を食べ始めたかと思うと、その後から醜く痩せた七頭の雌牛が川から上がってきて、つややかなよく肥えた7頭の雌牛を食い尽くしたのです。ファラオはそこで目が覚めましたが、再び眠りに落ち夢を見ました。今度は一本の茎から、太ってよく実った7つの穂が出てきたかと思うと、その後から干からびた実の入っていない七つの穂が生えてきて、太って実の入った7つの穂を飲み込んでしまったのです。

ファラオは、目を覚ますと、非常に心が騒がせエジプト国中の魔術師や賢者を呼び集め、夢を話しましたが、誰も解き明かすことはできませんでした。

☆何事にも時がある

 その時、監獄から出された例の給仕官がヨセフの事を思い出したのです。

「私は今になって自分の過ちを思い出しました。2年前私と調理官がファラオの憤りをかい、監獄に入れられた時、私たち二人の見た夢を解き明かしたヘブライ人の若者がいたのです。彼の解き明かした通り、三日後に私は職務に復帰し、彼は木にかけられました。」

それを聞いてファラオは直ちにヨセフを呼びにやり、散髪をし、着物を着がえたヨセフは、ファラオの前に出されました。突然、居場所が監獄から宮廷に移ったのです。

天の下の出来事にはすべて神の定められた時があります。それが神の目から見た丁度よいタイミングなのです。また、神の民には必ず神からの懲らしめの訓練期間が与えられます。

それは父である神の神聖な性質に子としたものをあずからせる目的があるからです。

しかし、ふさわしい時に必ず試練からの救いも与えられるのです。

☆心の清い人々は神を見る

箴言4:23に「何を守るよりも自分の心を守れ。そこに命の源がある」とあります。また

イエス様は「心の清い人々は幸いである。その人たちは神を見る」とも言われました。

ヨセフは13年間の試練の中で、自分の心を清く守りました。人々に対する怒りや悪意、

神に対する疑いや不満など自らの心を暗く汚す思いとの霊的な戦いに勝利をしたのです。

しかし、それはヨセフの力によるのではなく、神が共におられたからであり、ヨセフが神を信じていたことによるのです。そして、そのことによりヨセフは神のみわざを見ました。

☆エジプトの総理大臣となったヨセフ

 神の霊によりファラオの夢を解き明かし、その飢饉対策を見事に助言したヨセフの言葉に目を見張ったファラオは「このように神の霊が宿っている人が他にあるだろうか。」

と感心し、ただちにエジプトの総理大臣に抜擢し王に次ぐ権威を与え国の管理を任せました。

神のみわざは、長い間、待たされることもあればあっという間に激変することもあるのです。

しかし、それもまた神の定めておられるタイミングだということです。

ヨセフの解き明かし通り、この後7年間の豊作がエジプトに訪れ、その後の7年間大飢饉が臨みました。しかし、ヨセフの助言と働きにより7年間穀物を備蓄したことで、エジプトは守られました。私たちの生命もやがて死に飲み込まれ、跡形もなくなってしまうでしょう。

どれほど富を蓄えても偉大な事業をなしたとしても、すべては空しいとイスラエルの王コヘレトは嘆きました。しかし、憐れみ深い神は、死の陰に絶望して座していた人々に、救いの手を伸ばされました。「それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。」

「善を行い、良い行いに富み、物惜しみせず、喜んで分け与えるように。真の命を得るために、未来に備えて自分のために堅固な基礎を築くように」1テモテ6:18~19

聖書はこの手の幅ほどの人生の先に、キリストを信じて生きる者には、永遠の未来があることを約束しています。神の啓示を聞き入れて永遠の命を受け継ぐ者となりましょう。