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礼拝メッセージ

「良い実を結ぶ」
ルカによる福音書3章3〜6節

川満優太牧師(水のほとりキリスト教会)

★ 旧約聖書の預言者イザヤの預言 

バプテスマのヨハネが悔い改めのバプテスマを述べ伝えていました。これは直前に 書かれているように旧約聖書の預言者イザヤという人の語られた箇所からの引用でした。今からおよそ2,700年前と言われています。

2,700年前、イスラエルという国が、ふたつに分裂していました。それが南ユダと北イスラエルです。イスラエルの人々は、イスラエルの民を選び、大いなる奇跡と救いで導いてきた神様よりも、他の神々、偶像礼拝の道を歩んでいきました。そして、失敗と過ちを繰り返しました。ほとんどの王様がこのような道を歩きました。そして北イスラエルの人々は アッシリアに、南ユダの人々も、バビロンによってエルサレム陥落し、バビロンに 捕らえ移されていきます。しかしやがて、神様はペルシャの王クロス王を起こされ て、ユダヤ人の有志たちの帰国を許して陥落したエルサレムの神殿の再建を命じました。イザヤはこれを見通して紀元前700年代に預言していました。 

イザヤは近い将来のバビロン捕囚からの回復を通して、さらに遠い将来のイエス様の来臨を預言していたと言います。

★ やがて来られる御子イエス・キリストのための道ぞなえをするバプテスマのヨハネ

そして、バプテスマのヨハネはさらに語られます。「わたしの後から来る方は、 わたしよりも優れておられる。わたしは、その履物をお脱がせする値打ちもない」 (マタイ3:11)と。

バプテスマのヨハネは、ご自分を、神様に遣わされて、やがて 来られる御子イエス・キリストのための道ぞなえに過ぎないと言います。 旧約聖書の時代から神様に選ばれた人々が待ち望んでいたメシア、それが御子イエス・キリストなのです。イエス様の十字架は私たちの罪の身代わりでした。なにも 罪深いことなどななく、清いお方が、御子イエス・キリストです。私たちの迷いの中、苦しみや疲れた日々に現れてくださって、神様が誰かということを知る瞬間があります。

★ イエスの愛を信じ、良い実を結ぶ人生を歩む

私たちが悔い改めに導かれて、良い実を結ぶ瞬間です。

「悪い実を結ぶ 良い木はなく、また、良い実を結ぶ悪い木はない。」(ルカ6:43)と、イエス様 は言いました。どんなに罪深い者でもイエス様の十字架の死を受け入れる時に、あなたの罪が赦されるのです。

「良い実を結ぶ」という今日のタイトルですが、自分の罪を悔い改めて、イエス様を信じたけど、たとえまた、失敗や罪を犯しても、古い自分の信じてきた道に戻らないことが、良い実を結ぶことだと思います。そして 御言葉をしっかり握りしめていることが、主に救われた人生なんだと思います。

私たちの罪のためにイエス様が十字架につけられたこと、その身代わりの死を信じる ときに私たちは、別に特別良いことをしてきたわけでもなく、人よりも優れているわけでもないのに、神様に受け入れられて、その罪が赦されるのです。イエス様は あなたのことを助けてくれます。神様はあなたを愛しています。私たちが自分だけで戦うことをやめて、主に立ち返り、主に助けを祈り求めて生きる時、イエス様は私たちを必ず善い道に導いてくださることを信じます